11日に上映された『緑的海平線Shonenko』をめぐる主観的メモ。抜けている部分もあります。

2006年度日本大学人文科学研究所共同研究「近代東アジアにおける文学・演劇・映画の交差をめぐって」
監督自身の発言。
「郭亮吟監督、家族史、アルミ製の釜、鍋を祖父が日本の飛行機の材料を買い取り台湾で生産していた。98年アメリカに留学、故郷への思いに気づいた。翌年、祖父がなくなる其の前に話しを聴く「1946年、日本の飛行機を探す」
当時の台湾史の資料が少ない、私の祖父が公文書に出るのは少ない、植民地統治、政権交代白色テロ、祖父は日本語と台湾語<ホーロー語>
父はホーロー語と北京語、私は中国語<ペキン語>しか話せない
祖父と共有できる語がない、分断は世代間にコミュニケーションギャップ
台湾の歴史、落丁が多い、民衆史もない
(映像)記録、次の世代につなげられる
1946年ドキュメンタリー、しゅうれんとう(固有名詞不確か)さん、
日本の飛行機を溶かし、鍋を作ったとき泣きそうになった
なぜ悲しく思っているのかと思い、映画を作った(制作の動機)
当時、実は日本の飛行機を作ったということであった
幼い人が飛行機をつくった、少年工、8,000人ぐらい居た
台湾でも知っている人は限られていた
そこで藤田(プロデューサー)さんと話をして作ることにした
制作に携わった人は四人、援助なし
自分の仕事をやりながら時間が空いたときに作った
二年間たって援助が出る、
深みのあるドキュメンタリー、自分の主体性を確保できる
この映画の前には台湾の少年工の資料が少ない、撮影者であり研究者
大和市、一次資料を集めてテーマを研究した
インタヴューを受けた人から貴重な資料を提供された
高座大会、千人くらいが参加、代表的な人を紹介された
そこからつながって紹介を受けた
高橋先生にもだとりついた、高橋先生の教え子
インタヴューは時間がかかる、整理するのに時間がかかる
日本に在留した人
中国、アメリカにも渡った、下放時代の友人にも取材
この映画ではホーロー語、ハッカ語、ペキン語、日本語が混在している
吹き替えは使っていない
自分の過去にうまく気持ちが伝わる言葉
ナレーションは台湾のホーロー語をナレーションにした
少年工の気持ちをうまく伝える
台湾の有名な歌手、若い人、若い人に優雅で綺麗な語をアピールしたい
一部はハッカ出身、ハッカ語のバージョンでも出版、ドキュメントでは初めて
なぜ緑の海平線というタイトルなのか
故郷を思い出せ、緑の島、そこから緑をとった、キールンから高雄、日本へ出航、最後に台湾は海平線に消えた
去年の四月からは台湾では満席
前は少年工、後ろは若い人、会場の様子に感激、質疑応答
共テレビでも放映、DVD発売、日本語字幕も選択できる

質疑、台湾での観客の反応、答えにくい問題
中国語のブログ観客の感想が書かれている
二種類、歴史を経験した人、全く知らない人
たんたんと当時の歴史を反映する
説教性と詩に近いドキュメンタリー、今回は詩に近い手法
何らかのことをキャッチするでしょう

台湾の歴史教育、日本のことをいい内容ではない
そういう教育を受けた人は、悪いイメージをもっている
多様な日本人がいることをしった
家に帰って、自分の祖父に話をしたら少年工であったことをしった
日本人に対してステレオタイプ

柳本
天皇のために身体を捧げられないのかと原住民女性に強要」
「日本のジャーナリズム」により原住民慰安婦の実名、写真がオープンになり集落に居づらくなった

討論
それぞれの監督にお互いの作品の印象
郭さん
日本のために闘ったというドキュメント、日本語はできないのですが
映像の力が大きいとを実感、1990年代半ば、年齢、語りが保存される
藤田
カレン、幸福郷、近い撮影場所

柳本
たんたんと、すばらしい作品、大和市から講演案内を受けた、少年工のことだ
昔、調べた、高座会のこと、会の人、補償を求めることはしない、全貌が明らかになり
心がすっきりした
柳本
日本のジャーナリストがお金を与えて参拝させる

日本語での取材、アミ語よりは日本語、通訳をおいたこともある、母語の取材、日本人の物語

主催者、言語に関して意見があれば
郭監督、言葉の断絶、自分の映画では同じようなことを感じた、
どの言葉を選ぶか、自分の気持ちをうまく伝えること、取材側から選ぶより自身に選んでもらう、ハッカ語を話せる人はいない、通訳を連れて行く、確認の作業
藤田 言語の問題は大事
柳本、四つのバージョンがある、最後の話、かれん県、ことぶき村、最初は酒を飲みながら、だんだん悲しくなる
少年工になって二年間が大きな影響を与えた
当時からとまった
柳本、時間がとまった
藤田、台湾の上映会、笑いが出た

資金、上映機会の確保
郭監督、自分のお金でドキュメンタリーを作るのは大変
メディア戦略

オーラルヒストリーは危ないところがある
できる範囲でうらどり、
井家上、私は勤労動員のはしっこにかかった、勤労動員は視野にあったか
郭監督、朝鮮の動員も調べのた、エスニックグループ
朝鮮の人が地下壕を掘った、
井家上、日本人の勤労動員、早ければ小学校五、六年
台湾にいてはどうしょうもないから脱出したのではないか、
日本人は学びから剥がされた

藤田、オーラルヒストリーは大事、原住民は文字がない、
柳本、義勇隊の本を書かないのか