1925年7月4日。古田大次郎「獄中手記」より。『死の懺悔』というタイトルは布施辰治が反対していました。『死の懺悔』とつけたのは春秋社の編集もしくは加藤一夫が決めたのか。画像は『隠された大逆罪』表紙候補

futei2007-07-04


七月四日。朝、雲。
「快楽」と「人生の真の幸福」その関係につき。
 衣裳部屋──と言ふと、芝居の楽屋か貴婦人令嬢の衣裳部屋を思ふかも知れぬが、ここで云ふ衣裳部屋は、決してそんな華やかな景気の好いものではない。監獄の衣裳部屋だ。
 僕の部屋のすぐ近くにそれがある。ある日、通りがかりに一寸覗いて見た。うす暗い中に赤着物が沢山天井からブラ下つてゐる。実に陰惨なもので、まるで赤着物を着た人間が、ヅラリと首をくくつたまゝ並んでゐるやうだ。死刑になつた人間の亡霊が、フラフラと迷つてゐさうな気がする。僕はこれまでも、監獄へ来て別に無気味な感じも受けなかつたが、この部屋を見た時ばかりは、好い気持がしなかつた。死刑場は尚、無気味だらうと思ふが、まだ見た事がない。何れゆるゆる拝見するとしよう。
 昨日より窓に蚊帳を張る。蛍籠に使ふやうな、安つぽい布だが、その青色はなつかしい。いかにも夏らしい気がする。しかし、蚊は相変らず寝てゐると耳許でブーンと鳴いてゐる。うるさくて気になるが、そのブーンが又、いかにも夏らしいので、先づ先づ我慢してゐる。何事も、その中に趣味を見出すのが大切だ。
 八月十五日の公判を半月延して、九月一日に開廷し、十日に判決を聞き、十六日に刑の執行を受けたい。和田君も僕と同じ意見ださうだ。
 何故さう言ふ風に日を決めたか、次を見れば解る。
△昨年九月一日夕、本郷燕楽軒前にて、和田君、陸軍大将福田雅太郎を狙撃す。
△昨年九月十日朝、平塚村蛇窪の隠れ家にて、村木源次郎君及び僕、警視庁の手に逮捕さる。
△一昨年九月十六日夜、麹町憲兵隊本部にて大杉栄夫妻及び宗一少年、憲兵大尉甘粕正彦等に絞殺さる。