和田久太郎

和田久太郎執筆記事一覧、概要 <『労働運動』紙>
『労働運動』第一次
騒擾中の足尾(二) 三号 五面  1920.1.1
「<大杉栄、当地に入込み>新聞紙の報道に煽動され梅田駅から乗ったのは師走三日の正午頃、東京の土を踏むや否や本社へ駆けつけてみると足尾へ行ってる筈の大杉君は忙しそうに万年筆を走らせている。そして僕は<僕はこの頃分身術を覚えてね、アハアハアハアハ>と笑っている。……明けて五日の昼過ぎ、すっかり坑夫姿に化け込んだT君と、着物の上から印半天を着た依然たる僕とは、ゆうゆうと足尾の通洞駅に下りた。」

京都で会った人々 三号 十面
「堀田康一君、京大政治科、白労会、友愛会、ボルガ団、退学、大原社会問題研究所で働いている、東君、西川百子君、…」

評論の評論 四号 十三面  1920.2.1

「<俸給生活者>『改造』一月号<智識階級を開放せよ>『中央公論』一月号<俸給生活者の地位並びに運動の目標>批判」

生の噴出か軽挙妄動か 五号 九面  1920.4.30

賀川豊彦説、八幡製鉄所同盟罷工」

関西版 惨めな倦怠 五号 十面

「不景気襲来……労働組合運動も厳しい変化を見せている……量より質への運動の進化打ともいえよう」

屋根裏から 五号 十一面

「四月上旬、大杉君が近畿地方を飛び廻った際、秘密裡に開いた二ヶ所の会合に種々ご助力を乞うた諸君へ、厚く御礼を云う、そしてその後京都に於て二ヶ所(一ヶ所は古くからやっている)と、神戸で一ヶ所と月三回或は四回の会合が密かに続けられている事を申し添えて置く。……我が屋根裏の貸主たる武田伝次郎君の所でも、月の五日と廿日とに、『社会主義座談会』というのがある。……」

大阪の失業と友禅職工 六号 九面  1920.6.1

「統計外の失業者、家内工業は不明……」

屋根裏から 六号 九面

「倶楽部がまだできていない、丹君が十四日治安警察法で起訴、メイデイの件、京都に支局ができた、奥田芳郎君、二十二歳、京都の笹井末三郎君、三条の侠客の三男、生家を飛び出して労働運動に侵入、二十歳の青年、」

『労働運動』第二次
大正九年労働運動の回顧 一号 五面 1921.1.25

米騒動以後、人間的欲求へ、模範的罷工、三つ児の心に、不景気襲来、友愛会の変化、愉快な動向、」

指導者の逃亡 七面

友愛会京都連合会主事、高山君、東君、ボルガ団を組織したのは事実だ」

統計の後に 九面

「全国職工失業統計表、統計もかなり怪しい」

集会の記(一) 二号 四、五面 1921.2.1

「いま、東京麹町区一の四四、同盟本部に於て、二つの集会が催されている。一つは月の第一と第三の日曜の夜開く、同盟座談会で、今一つは、一日と十五日の夜開く、北風会だ。同盟座談会は従来有楽町の服部洋服店二階で催された『労働組合研究会』と同盟員茶話会が合したもので、北風会は、指ヶ谷町の会場が狭くなったから、此所へ移したのだ。同盟座談会の新年会があった一月二日の夜、一寸面白い議論が交された。最初堺君が、……三行略、十八行活字潰し、更に他の議論が起った。……略………印刷工の延島君が起った。『……労働階級の心理と知識階級の心理は必ず相反するものだということをも痛切に感ずる……労働者の真の知識は労働者自身の実行の中から獲得して行かねばならない。この意味において知識階級心理に対する僕ら労働者の憎悪はヤハリ正しいのだと叫ばざるを得ない』この問題は更に十五日夜の北風会に持越された」

最近の友愛会 七面

「……最高幹部の或る人々は……『右へ廻れ!右へ廻れ!』と怒鳴っている。友愛会の底を流るる真の推進力が、これを押さえんとする所謂指導者を投げ出すに至か、或いは指導者の力で鼻先を他にヒン向けられるか、これが今後の重大な問題だ。……」

鉄道機関手の奮起 三号 二面  1921.2.10

「一月廿八日、鉄道省沼津機関庫乗務員……突然解雇された。……大日本機関庫乗務員会の熱心な会員……二月一日に支部は出来上がった。……」

集会の記(二) 二、三面

 所が十五日には帝大の基督教青年会で自由人連盟の演説会があると云う報せがあった。これを聞いた北風子は『それア一つは貰おうぢゃないか』と云うので、多くその方へ出掛けて行った為に、集まりは非常に淋しいものとなって了った。この『演説会』を貰うという事に就いては、少しく説明を加える必要がある。実にこれこそは、我が北風会の最も得意とする戦術なんだ。……さて北風会では、まづ当夜の世話人和田が同盟座談会での議論の経過を話した上で、『知識階級から……優越感は他を支配するから嫌になるが、しかし又彼等が、二三の事件で労働者の無自覚にぶつかった所から、知らず知らずにそうなって行く心持ちには、多少善悪の解釈をすべき点があると思う。』と云うようなことを述べた。信友会の鈴木君、技友会の小池君などから『いつも労働者面する和田君が今日に限って、変に知識階級を弁護するのはけしからぬじゃないか。……俺達は俺達の感情で解決して行けばいいんだ。』と大いに反対された。元来が労働者の憎悪心を賛美していた和田なんだ。こう言われるとグウの音も出ない。……演説会貰いに行った連中がドヤドヤと来た。岩佐君は『指導者』について次の如く説明した『…指導者面らする奴には、少しも人間味がない』 

大日本機関車乗務員会 七面

「温和な団体、大正九年四月十五日創立大会」「鉄道省の狼狽、『新津事件』が勃発した」「新津事件、十一月三日巖越線新津機関庫支部発会式、四名馘首」「本部書記の松延繁君が狙われる」「松延君の退会」

全日本鉱夫総連合会 四号 七面 1921.2.20

「合同の宣言、友愛会に加盟、最も有力な大産業的組合、大日本鉱山労働同盟、全国鉱夫組合、友愛会鉱山部の三つが相合し鉱夫総連合会と名乗るに至ったのはまだ昨年の十月廿日である、機関紙『鉱山労働者』第一号に『合同宣言』」「三団体の性質」「合同の動機」

新聞の警察化 五号一面 1921.3.6

「警視庁内部の若手法学士連が『警察研究会』というものを設けた、『新聞記者対諸官庁の関係を親密』にする為『各官庁と新聞社一切を打って一丸とする情報機関』を設けんとするものだそうだ。……」

日本海員同盟友愛会 七面

大正九年一月に『日本海員同盟友愛会』と進化し、理事制を採用した」「現在の実力、神戸名古屋の両支部、下関出張所を合して約二千五六百名、それに本部の一万二千名を加えて、凡そ一万五千の会員がある」

心理と推談 七号 一面  1921.3.20

「閔元植の暗殺者、梁槿煥君が捕えられた……」

失業と赤化 二面

友愛会東京連合会の内で電機及機械鉄工組合は最も急進的労働者に富むと云われている……」

嵐の浜松 二、三面

「…二月廿四日、借家人同盟、大阪の逸見直造、三田村四郎、東京からの岩佐作太郎、竹内一郎、渡邊満三、和田久太郎……」

シンヂカリズムの波綻 六面

「日本労働新聞の三月号に荒畑勝三論文批判」

団体の紹介 八号七面  1921.4.3

「時計工連合会、■時計工の血戦、■時計労働同盟会、■土曜会の時代■、時計工組合生る……主動者中の渡邊満三君、小出邦延君等が小池君の紹介で『北風会』や『労働組合研究会』に顔を見せる様に成ったのも、此の頃だ。……そして遂に巣鴨方面に於ける北風会員と協力し昨年九月『北郊自主会』なるものを組織した。■北郊自主会、故にこの北郊自主会は先の『土曜会』の後身であると同時に、また『北風会』の分身でもあるのだ。……渡邊満三君は時計工連合会を代表して社会主義同盟の創立発起人にも加わっている。……巣鴨宮下町一七六八の自主会には、最近まで橋浦時雄君が住んでいたのだが、今は原澤武之助、高尾平兵衛の二君が自炊している。………男子部では無政府主義とボルセヴキイとの議論が盛んだ。■連合の第一歩、本年二月寳商会の目黒時計工場に猛烈な罷工があり、時計工組合は之を応援して大勝利を博した。同月十七日、目黒時計工場職工卅名の入会を機とし、大塚倶楽部で大会を開いた。その結果更に名称を『時計工連合会』と改めた。……自主会を通じ、社会主義同盟に加入している時計工は、現在七名いる。」

駿河台から 九号 1920.4.24 一面

「和田は予定通り四月の五日に東京監獄に出かけた。たった二十日の事田から……」

市ヶ谷監獄から 六面

「『労働の世界』『産業自治』が昨日不許になった……監房から眺める夜の景色は実に詩的だね。……四月六日、近藤憲二宛」

駿河台から  十一号二面  1921.5.13

「かくて憲君はメー・デーに大奮闘し。たそして、今は東京監獄に陣取り、地方裁判所通いをやっている。そんなこんなで、一日発行の新聞も後れて八日と成った。五日(久太)」

光と闇 二面

メーデーが近づいたので各労働団体社会主義者がざわつき出した……警官増員■鉄道従業員…海員組合…■炭鉱労働者…」

画の讃 五面

「近藤憲二描写」

『労働者』生る 六面

「吉田一、高尾、『労働者』巣鴨宮下、……チト失望」

各地の示威 十二号 五面 1921.6.4

メーデーの報告」

引退と猛進 六面

「植田好太郎からの便り、『大衆運動』高畠、北原」

分裂後の組合同盟と友愛会 十三号 二面  1921.6.25

労働組合同盟会を友愛会、六月四日脱退……」

労働組合同盟会の歴史 四面

「…分裂の芽は…成立当時三つの傾向」

買いかぶるな 六面

「『労働者』第二号に『足尾争議の感想』……短文がある……ロシアの大学生…」

『正々堂々』たる屈従 六面

「足尾争議に就いて………」


『労働運動』第三次

萬朝報社の争議 一号二面 1921.12.26

「七十名の職工がいる。全員正進会員だ。……馘首者十八名」

縦断組合の続出 四面

棒の手紙 一号 四、五面

「岡山での逮捕」

鐘が鳴る 六面

「農村争議雑感、村八分という制度」

検束命令 六面

府中町小作人、府中多摩両町村連合小作人組合を創った」

編集室から 第二号 一面 1922.2.1

「ほとんど真黒だった」「クロポトキンの『青年に訴ふ』を出す」

「『鉱夫諸君』というリーフレットも出す。『小作人諸君』というのを出す」「投稿が欲しい」「伊豆見正重君が加勢してくれている」「大杉は毎月一日と十五日には必ず社に来ている」

野武士的結合の傾向 二面

「多数をたよらぬ少数闘士のみの野武士的結合」

悪魔を愛せよ

「住友が持っている各工場……『工場協議会』……寄生虫住友は『工場協議会』のおかげで、安心して労働者の血を吸っている」

大井労働組合の堕胎

鉄道省大井工場には千八百名の労働者が居る」

僕等の態度 二、三面

「十二月二十五日の夜……軍縮失業問題に就いての『関東労働組合大会』が開かれた……会場をぶっ壊す人の態度……運動だけは真面目にやってくれ」

潔癖と正当の差異 四、十一面

「……堺利彦氏……『前衛』一月号『アナキストの潔癖家』を読んで」

巧妙手柄 五面

「<ボルとアナがどうであろうといいぢゃないか>静かに地方で活動している同志から手紙を貰う」

行為の伝導、農村問題雑感 六面

「……栃木の足利郡に起こる争議……」

種々の抗議 十面

「抗議への返事」

抗議と排斥 三号 二面  1922.3.15

「関西労働総同盟内に於ける賀川豊彦君排斥熱」「大阪機械労働組合、野武士団、賀川排斥の声」

再び組合大会に就いて 三面

「信友会機関雑誌『信友』二月号小野源之助君論文『こんな物が組合大会か』批判」

醜又醜 五面

労働組合に出入りしている新聞記者が調査会……スパイ的行動」

性格の異彩(一) 八面

「久板追悼」

名医の注射 第四号 九面  1922.4.15

「十六歳から悩まされている病気……奥山さんは名医だ」

性格の異彩(二) 十面

「久板追悼」

編集室から 第五号 一面  1922.6.1

「五月号は休刊させて貰った」「パンフレット『青年に訴ふ』は盛況だ」「社の前にある<官権>の小屋の奴が非常にうるさい」「近藤の病気は全快した」

信友会大会及懇親会 二面

「信友会は何故寂れたか」

関西労働同盟第五回大会 三面

「報告と情勢」「両派の激戦」

何んの代表 六面

「農村問題雑感」「日本農民組合…第一回大会……」

性格の異彩(三) 六面

「久板追悼」

編集室から、第六号 1922.8.1

大杉栄「……和田久が何もかもうっちゃって急に行方不明にならなければならなくなった事だ……」

編集室から、第七号 1922.9.10

大杉栄「前号で行方不明のお知らせをした和田久がようやく四五日前に帰ってきた」

安産か死産か、労働組合連合創立協議会の風雲 第八号 二面  1922.10.1

暗闇の歴史 二、三面

「大阪機械労働組合対大阪鉄工組合、……九月九日信友会本部での集まり十日の協議会……」

労働団体機関紙(二) 十、十一面

「日本印刷工組合『信友』日本労働同盟機関紙『労働』全日本鉱夫総連合会機関紙『鉱山労働者』の批評と紹介」

労働団体機関紙(三) 十面 第九号  1922.11.1

日本労働総同盟関西労働同盟会機関『労働者新聞』」

赤き嘲り 三面  第十号 1923.1.1

堺利彦君襲撃さる、一軍人に襲撃されて……、十二月十五日、近藤、村木が駆けつけた<新聞記事引用>、堺君に向けられた刃は即ち我々に向けられた所の刃だ」

失敗通信 五面

「十七日に村の集会に呼ばれたが駅を降りたら官権に囲まれて姫路警察に連れて行かれる」

関西版 分裂後の形勢に就いて 関西労働組合同盟会の諸兄に檄す 六面

向上会の脱皮 七面

「謂ゆる分裂の意義、眼覚めたる向上会員………大阪砲兵工厰内には約六千の労働者が居る………馘首事件……八月に大会……十一月五日分裂……向上会各支部の様子……」

お目見栄 七面

「また大阪に来てモガイて見る事に成った……場所は天王寺公園前で下車……関西自由労働組合の闘士や……僕の所には電話がある」

関西版 関西労働組合同盟会の諸君に檄す・二 六面 第十一号 1923.2.10

大掃除 六面

「今度、大阪鉄工労働組合の内部に『熱血団』というのが組織された……京都印刷工組合、関西自由労働組合、関西労働組合同盟」

同志会の新傾向 七面

「改革運動と其の苦哀、北九州の偉観、労友会対同志会、罷工最中の態度、同志会の生育、悪戦苦闘の硬派」

支局から 七面

「支局移転…一月十四日から…南区水崎町……大串、石田……『関西抹殺社』を組織……大串、石田両君とは今後労運支局は関係がない事になった……一月廿五日夜東京にて」

編集室から 十二号

近藤憲二「和田は病気療養のため那須温泉へ行った」

関西版 関西労働組合同盟会の諸君に檄す(三) 四面 第十二号 1923.3.10

「後期……二月廿三日、栃木県那須温泉にて」

編集室から 十三号 1923.4.1

近藤憲二「和田は二十日頃那須から帰る筈だ」

梅雨の世相 伊藤野枝、和田久太郎 五面 第十五号 1923.5.1

「ロシア承認、労働総同盟の本部で『対露問題労働組合大会』が最近開かれた……美談、汽車会社の争議……共産党の罷工破り」

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『労働運動』第四次

大震大火による騒乱と奴等の逆襲 一面 第一号 1923.12.20

「……不意の変事に処すべき準備が余り二も欠け過ぎていたという事を、明白に物語っている。……情けない告白めいた事を云うのは嫌なことだ」

同志の消息 四面

「農村運動同盟……岩崎家の広場に避難、三日には自由人社への襲撃と検束、……農村運動同盟は自警団に占領せられ、労運社も朝鮮人が飛び込んだという理由で竹槍、棍棒、刀などの一群に襲われた。八日、労運社と農村運動同盟とは全部検束された。……団体と機関紙

愚問続々 四面

「…普通選挙……労働党社会党の名士たちが議会で遊ばす…過激法は勿論現れまい……」

暗殺奇談 第三号 一面 1924.4.1

「一月上旬…一少年…フランス無政府主義運動…ル・リベルテルの主筆コロメル……フイリツプが射殺される」

時評 野を焼く煙 第三号 二面

虎ノ門事件、二重橋事件などの不祥事………列車転覆させようとする怪事が勃発……一種の復習、まあ無事だ、安全弁屋…議会は民衆の安全弁……」

市ヶ谷から 第六号 二、三面 1924.12.1

「………俺は全く壮健だ。……座禅三昧……監獄にも菊が咲き初めた……からだはやはり丈夫だ。」

市ヶ谷から 第七号 四、五面 1925.1.1

「謹んで正進信友の合同の万歳を三唱する。……社会は大不景気の由……村木が一向に便りをせない由……僕は今、非常に忙しい。全くなんだ。英語と幾何とを始めたし、伝記は書かねばならず、本も読まねばならず。トテモ忙しいさ。」「冬旦……」

「消息」和田久太郎君等の接見禁止は去る十一月二十五日から解除になった。非常に元気である。

獄中閑語 第八号 二、三面 1925.2.1

「正月二日……」

市ヶ谷にて 二面 第九号 1925.4.1

「ラヂオのことまったくビックリした……」

醜い尻つ尾 三面

「和田君等の事件が予審終結となり新聞記事差止めが解除されたのは三月の七日であった。……被告の承諾がなしに決定書を発表…日本弁護士協会はこの司法官憲の処置に大いに憤慨して…抗議的質問書を東京地方裁判所所長及び検事正に送った。大正十四年三月八日及び九日、東京、大阪其の他全国各地発行の新聞紙上に……<福田大将狙撃事件の予審終結決定書発表相成候……>」

四面<爆弾暗殺事件予審決定書>

後藤君の追憶 四、五面

同志村木源次郎君を憶う 五面

句屑片々 五面

「窓外に庭巾四五間を隔てて高塀あり、時々塀越しに焚火の煙見ゆ」

市ヶ谷から 第十号 二、三面 1925.6.1

「全集の編集公正は……」

<公判廷に於ける和田久太郎> 十一号 二面

市ヶ谷から 第十一号 二、三面 1925.7.1

「昨日は御苦労だった。……しかも次回は八月十五日だっていうぢゃないか……六月二十八日付け」「鉄窓三昧、第一回公判にて、獄窓易破夢、第二回公判廷にて、帰獄して、死刑を求められて、雨に啼く鳩」

無題 十二号 一面 1925.9.1 

「村木のピストルと高畠……実質の供わない職業紹介所建設とは、直訳的労働組合主義者もなかなか忙しいや。…………」

倫理学』を読みて 第十二号 四面 

後事頼み置く事ども

「妄執外の妄執、死体の処分、葬式、墓、死灰の処分、其他の事ども」

野郎泣くな 八面

「獄中描写」

鉄窓三昧 六面 十三号

「九月二日」

近藤憲二<其後の両名に就き同志諸君へ 古田君の死刑、和田君秋田へ> 七面

秋田から 第十四号 八面  1926.1.1

「……近藤君と共に望月君が面会に来てくれたのは大いに嬉しかった。……十二月十三日夜」

秋田から 第十五号 四、五面 1926.4.1

「大杉の写真…山鹿大次郎出生……体重……積雪」

秋田から 十七号 八面 1926.6.1

「鉄君がまだ生きて居るなら『笑って死ね』と伝えてくれ。……」

獄中にて 八面

句集「二三月、窓裏積雪、四月」