『獄窓から』和田久太郎

昭和三年一月九日
地球がガタンといふ響きと共に廻轉して、此間お芽出度い昭和の三年がやって来た。
 さてお芽出度う。久さんも御年三十六歳にならせられた。君も、ふく子さんも、桂君も、公っぺいも、明坊も、皆んな間違ひなく一つだけ年をとつた事と考へる。すると、明坊は早や三つになった十露盤だな。プッ。生意気だな、たつた十四ヶ月のくせに。姉ちゃんの公っぺいは二年になれさうか。マコは何年生かな。
 五日のお休みに「クックコックの子守唄」の蓄音機を聞いて、公っぺいもこれを唄ってゐるかなと思った。そこで、僕が去年の十一月末に童謡を一つ作った事をも、ふと思ひだしたから、それを公っぺい嬢に進呈する。お年玉だよ。
冬からす
白く日の照る
冬木立
うしろは汚れた
雲の幕
からすがカァカァ
啼いて行く。

三四羽
五六羽
また三羽
「風がやんだぞ
カァカァカァ」

続いて
五六羽
また三羽
「お山が白いぞ
カァカァカァ」

白く日の照る
冬木立
うしろは汚れた
雲の幕
からすがばらばら
飛んで行く。 
 どうだ、すてきに旨いだらう。感心したなら感心したと、次の手紙の時に「ねのちゃん」に書いて貰ってよこしな。
 手紙の時にいつも俳句や歌を書いてやるのに、たまに一度位はほめて寄越すものだよ。こんどは一回やめるけれど。
「まだ機を織ってるか」なんて、何を云ふんだい。一ヶ月きりでやめたと、夏頃の手紙に詳しく書いたぢゃないか。もうあれはこりこり。
「大晦日の思ひ出」は面白く読んだ。つっするところ、近頃また米屋に借金が払えへないな。呵々。
 ふく子さん、手紙有難う。次回のを楽しく待ってゐます。
 年末、体重十四貫弱。あんまりふえてもゐなかったっけ。風邪引かず、凍傷出来ず、痔はほんの少し痛い、胃弱は慢性、お正月のお餅を食ひ残した。元日からずっとお粥を食べてゐる。もう癒るだろう。
 同封の手紙を姫路へ送って欲しい。

しんねん、おめでとう、兄さんも、姉さんも。けんいちも、ひでをも、しょうぞうも、母上も、みんな、きげんよく、よきとしをおむかへなされたことと存じます。こんなとこでも、やっぱり新年はなんとなくこゝろ嬉れしく、目出度く今年のおぞうにもいはいました。
 私は、何のわづらひもなく、また、さむさにもめげず、きげんよく、つとめてゐます故、そのだんは御あんしん下さいませ。めかたは十三ぐわん六百目あります。ただしおやゆづりのしらがは、だいぶ多くなりました。
 また時々お便りをいたします。お年の上故、さむさをおいとひ下い。
                           久太郎 拝
                                    母上さま