1925年9月10日古田大次郎獄中手記より『死刑の宣告を聞きにゆく日』九月十日! 去年の今日、朝早く、寝込みを襲はれて村木君と僕は、他愛なく警視庁に挙げられて終つたのだ。早いもので、もう一年経つた。因縁の深い今日、刑の宣告を承はりに、さア出掛けるとしようかな。

帰監後、予ての覚悟だつたから、宣告を聞いた後も、怖ろしい事も淋しい事もない。実に静かな気持ちだ。

判決が思ひ通りだつた所為か、大変愉快だ。

…今日は加藤一夫君が来てくれたので…

仮監で和田君に会つた時、和田君は物も言はずに突然手を握つて「しつかりしてくれ。」と言つた。僕は「うん」とだけしか言へなかつた。そして固く手を握り返した。

山崎君から速達で、自分は弁護人控訴をする積りだと言つて来た。つまらぬ真似をする。和田君も僕も、判決に少しも不満はない所だに、好意は解るし、嬉しくも思ふが止めて貰ひたい。