古田大次郎「獄中手記」1925年6月17日。

二人共に許可したのは滑稽だつた。…全部却下とすると、余り素気ない挨拶になるから、当り障りない証人だけを許可して、勢々色をつけた積りにちがひない。…… 傍聴に多くの友人諸君が来てくれた事は、大いに力強く思つた。江口渙君が珍らしく洋服姿で来てゐたのを和田君に注意されて気がついた。……
僕は今度、自分が裁判されるやうになつて始めて弁護士の有難さが解つた。
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久し振りで社会を見た。
自動車の最前方の席にゐたので、充分娑婆の景色を賞玩出来た。差入屋が軒を並べてゐる監獄通りを過ぎて、谷町の大通に出た時ね僕は思つたより汚ないなアと言ふ気がした。もつと社会のものは綺麗だと考へてゐたのだ。……
谷町から士官学校前の坂を昇つて外濠に出る。土堤の青草が心地よく眼に映つた。こゝらの濠は大分種々の工事をしてゐるらしい。随分様子が変つてゐた。四谷駅の上の土堤にはつゝじが綺麗に咲いてゐる。まるで青布に刺繍したやうだ。…