読書

宮崎晃著『差別とアナキズム──水平社運動とアナ・ボル抗争史──』より第六章 アナ『全水解放聯盟』の結成と活動

1925年10月「全水青年聯盟」第一回協議会開催、京都の全水水平学校講堂 1926年8月28日全水有志大会現神戸市で開催(部落問題研『水平運動史の研究』年表篇) 1926年10月「全水解放連盟」の創立(「大原労働年鑑説」)宮崎「人によつてはこれが創立準備会ではなく…

「抹殺社」1921年1月結成、久保田順、加藤昇は平野小剣らの「立憲労働党員」。『労働運動』1921年3月20日第七号、「抹殺社一味」<2,3ヶ月前から大道で呼売りしていた『大眼目』という小冊子を見ると、かれらの主張がわかる。それは、一種の国家社会主義だ。もっとも西園寺邸の一件や東宮外遊延期の祈願を行ったりしたのは、何主義によったものか、僕は知らない。自由協会、学生連盟、純労会、自由労働者組合の落武者に、ある信用のない元社会主義者が加わって、出来上がった団体である。>

実は14,5名の青年の集まりであるらしい。…幹部の北一輝君は、数年前『純正社会主義』及び『国家論』という著述を出して、発売禁止をうけ、その後久しく中国に行っていた人物だ。『大眼目』は、北君の書いたもので、署名は何故か角田清君[←原文のママ・清彦]…

宮崎晃の著作『差別とアナキズム──水平社運動とアナ・ボル抗争史──』より第一章 木本凡人とアナ系未解放部落運動の胎動──水平運動の関西先駆者──

第二章 平野小剣の行動と限界──平野小剣アナキスト説の誤謬── 一 深川武による水平運動の分類 二 平野セクトの成立と衰退 三 平野小剣と自伝『水平運動に走るまで』 四 小剣を訪れた社会運動への転機 五 平野アナキスト説の誤謬 六 信友会における普選派の消…

第三章 関東水平社の沿革と全水の分断

一 初期水平社創立と世良田事件 「関東水平社」結成の源泉となったものは、ふたつあって、ひとつは、全水の栗須七郎が、全水創立の年、オルグの目的で、群馬県[]に住む、独学力行のひとで、十六年間、県内、東京、山梨などで教員、校長を歴任、教職をしりぞ…

『水平の行者栗須七郎』を語る←外部リンク

1925年4月27日古田大次郎『獄中手記』

「親友中濱哲君に送る。 今日、大阪の裁判所から通知があつて、僕の小阪事件はこゝで審理する事になつたのを知つた。大阪に行けたら、君達に会ふことが出来たのだが、今はれも駄目になつて終つた。僕はもう君と会ふ事はあるまい。…どうか此の手紙を読んでく…

1925年4月26日古田大次郎『獄中手記』「『父と子』を読んで…」

1925年4月25日古田大次郎『獄中手記』「落付いている。和田君のが惜しい。和田君こそ、本統にこのまま死なせたくない。」

「ソウル大学四・一九第三宣言」「いま四月の空は青みゆき、四月に散った友の英霊が注視するこの場所に、われわれは立つ。われわれは、傷痕の歴史を守る正義の守護者であることを確信する。われわれは。今日自由の鐘を乱打する鐘つきの一翼であることを、いま再び自負する」1962年。

 『リプレーザ』二号を入手。

再掲 案内「トスキナア」別冊中濱鐵 隠された大逆罪』購入をお願いします!!アナキスト詩人 中濱鐵の詩作と公判陳述──

仮題、予価三千円 100頁 六月刊行 廣畑研二氏発掘「史料」トスキナア編集委員会刊行 80年間、埋もれていた中濱鐵の大阪控訴院陳述が今、あきらかになる 中濱鐵が「四日にわたつて供述した」「控訴審では陳述するものと思はれたが果して二十八日の公判では驚…

1925年4月14日 古田大次郎「獄中手記」■「自分は可成女性的な心を持つてゐる。それも、良い所を持つてゐるのでなくて、厄介な事には、悪い所計り持つてゐる。だから不思議はない。

■我等の仲間とゴロゴロするやうになつてから、…中濱と僕とは違つてゐた。村…木君や新谷君は綺麗好きだつた。蛇窪の家なぞは、二人がゐる時はよく拭掃除してくれたものである。. …4.14 ■「畑の菜が雨でよく伸びた。みんな元気のいゝ花を付けてゐる。あれなら…

案内「トスキナア」別冊

『中濱鐵 隠された大逆罪』購入をお願いします!!──アナキスト詩人 中濱鐵の詩作と公判陳述── 仮題、予価三千円 100頁 六月刊行 廣畑研二氏発掘「史料」トスキナア編集委員会刊行 80年間、埋もれていた中濱鐵の大阪控訴院陳述が今、あきらかになる中濱鐵が「…

『ripresa リプレーザ』の刊行。第二号が出ている頃ですが。転載。「今、時代を語り明かす、読者参加型のオピニオン雑誌創刊

新雑誌「ripresa リプレーザ」発刊にあたって 「一つの世界空間」が生じて後、「不均衡な一つの言葉世界」が生じてしまったと強く感じる。2006年夏、アメリカ〈帝国〉を後ろ盾に、イスラエルによるパレスチナで、そしてレバノンでの蛮行が、国家テロリズムで…

転載。自著を語る『水平の行者 栗須七郎』9 最終回 廣畑研二

http://journalist-net.com/home/07/03/19/004345.php 最後に、栗須顕彰碑について付記しておこう。栗須の顕彰碑が、没後40年以上にわたって、計 6 基も熊野の結界を示すかのように建立された、……栗須の顕彰碑は、もう 1 基ある。那智妙法山阿弥陀寺境内にあ…

転載「ジャーナリストネット]自著を語る『水平の行者 栗須七郎』8廣畑研二●本書の成り立ちと構成

本文中より一部紹介<本書の表題デザインのこと。黒地に白抜きで表した「水平の行者」という文字は、活字ではなく手書き文字である。その原型は、幻の初版広告デザインをなぞったものである。その広告は、朴烈(パク・ヨル)・金子文子主幹雑誌『現社会』(1…

転載 自著を語る『水平の行者 栗須七郎』7廣畑研二●ハングル版『水平宣言』アクセスは「ジャーナリスネット」へ。トhttp://journalist-net.com/home/07/03/17/011147.php

写真:朝鮮衡平社機関誌『正進』1929年5月

転載。自著を語る『水平の行者 栗須七郎』6

廣畑研二「ジャーナリストネット」 http://journalistnet.com/home/07/03/12/005947.php 2007年03月12日掲載。 ●同時代の対検閲闘争 本書で明らかにした、栗須による対検閲10年闘争史は、個人史研究という成果にとどまらず、水平運動史研究そのものを見直す…

転載。自著を語る『水平の行者 栗須七郎』5 廣畑研二

2007年03月11日「ジャーナリストネット」掲載http://journalist-net.com/home/07/03/11/075724.php●偽りの声は大きく真実の声は小さい ただし、戦後研究者の中でも、1 人だけは名指しで批判しなければならない。北川鉄夫である。北川は、戦前期にプロレタリ…

転載。自著を語る『水平の行者 栗須七郎』4 廣畑研二

http://journalist-net.com/home/07/03/10/011031.php 上記ジャーナリストネットには写真=「水国奈良県警察部」ー水国争闘の予審終結後にまとめられた奈良県警察部の調書 1997年警察庁移管もアップされています。アクセスを。 冒頭引用「● 2 つの発見。警察…

冒頭転載。自著を語る『水平の行者 栗須七郎』すでに連載三回目。トップ頁から「文化」のコンテンツにアクセス。四回目は10日にアップとのこと。http://journalist-net.com/home/07/03/05/003315.php

●警察資料の探索 さて、水平運動初の発禁文書『水平社とは何か』は、未だに原本が出現しないけれども、テキストは辛うじて残されていた。内務省警保局調書に、発禁リーフレットの本文…続きは「ジャーナリスト・ネット」にアクセスをしてください。

冒頭転載。自著を語る『水平の行者 栗須七郎』1廣畑 研二●栗須の思想は栗須に聞くべし

栗須研究を思い立って鄭承博(チョン・スンバク)先生にインタビューしたのは、7 年前のことになる。戦時下の大阪西濱で、朝鮮人少年を擁護・育成した寺子屋「水平道舎」がなにゆえに存在しえたのか?全国水平社はおろか、あらゆる社会運動が閉塞させられた…

自著を語る『水平の行者 栗須七郎』2廣畑研二

下記ジャーナリストネットのサイトには写真もアップされています。1923年秋撮影、撮影地 大阪西濱 左:筆禅の書仙 横山雪堂、右:水平の行者 栗須七郎 横山筆「神人不二」(神と人は二つならず) ●狭くて遠い道を歩むべし http://journalist-net.com/home/ca…

宮崎晃著『差別とアナキズム──水平社運動とアナ・ボル抗争史──』より第六章 アナ『全水解放聯盟』の結成と活動

1925年10月「全水青年聯盟」第一回協議会開催、京都の全水水平学校講堂 1926年8月28日全水有志大会現神戸市で開催(部落問題研『水平運動史の研究』年表篇) 1926年10月「全水解放連盟」の創立(「大原労働年鑑説」)宮崎「人によつてはこれが創立準備会ではなく…

『続わが文学半世紀』1920年12月10日「日本社会主義同盟」への加盟、「私の生活は変わった」「7月9日、堺利彦、山川均、山崎今朝弥、名前をつらねた勧誘状が送られてきた」「中央執行委員」「加藤一夫の自由人連盟に入る、中浜鉄と知り合いになる」22年9月末か10月鵠沼の家へ中浜鉄が来る、皇太を狙う組織を作る話

エロシェンコ、那須温泉、和田久太郎、大杉栄の告別式、1924年1月10日、丹沢地震、中浜の朝鮮での爆弾の入手、173頁古田の笹塚来訪。一月も終わりに近い日、朝鮮から戻り東京駅についたばかり、江口と古田大次郎との会話「摂政の宮をやる話」 174頁「やりそ…

第三章 関東水平社の沿革と全水の分断

一 初期水平社創立と世良田事件 「関東水平社」結成の源泉となったものは、ふたつあって、ひとつは、全水の栗須七郎が、全水創立の年、オルグの目的で、群馬県[]に住む、独学力行のひとで、十六年間、県内、東京、山梨などで教員、校長を歴任、教職をしりぞ…

宮崎晃の著作『差別とアナキズム──水平社運動とアナ・ボル抗争史──』より第一章 木本凡人とアナ系未解放部落運動の胎動──水平運動の関西先駆者──

第二章 平野小剣の行動と限界──平野小剣アナキスト説の誤謬── 一 深川武による水平運動の分類 二 平野セクトの成立と衰退 三 平野小剣と自伝『水平運動に走るまで』 四 小剣を訪れた社会運動への転機 五 平野アナキスト説の誤謬 六 信友会における普選派の消…

『続わが文学半世記』「新日本文学」に書き出す。江口渙 えぐち かん [本名 えぐち きよし]

1887年7月20日-1975年1月18日 東京麹町生まれ。作家、文芸評論家。「大正」の始まりと共に文壇登場、社会派としての作家活動に収まらず、古田、中浜たちの「テロリズム」にロシア・ナロードニキや大逆罪で処刑された管野すがたちを想い、側面から支援する。…

宮崎晃の著作からのメモ。

「抹殺社」1921年1月結成、久保田順、加藤昇は平野小剣らの「立憲労働党員」。『労働運動』1921年3月20日第七号、「抹殺社一味」<2,3ヶ月前から大道で呼売りしていた『大眼目』という小冊子を見ると、かれらの主張がわかる。それは、一種の国家社会主義だ。…

参考文献。梅田俊英著『社会運動と出版文化』(御茶の水書房、1998/12)補章「戦前社会運動機関紙誌と復刻の現状」『特高月報』目次集、小森恵『社会運動・思想関係資料案内』(三一書房1986/5)、小山弘健『日本社会運動史研究史論 文献目録とその解説(正続)』(新泉社、1976,1979)。渡部・塩田『日本社会主義文献解説』(大月書店、1959)。